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私達の選択

私達は相談しあって1組の養子家族を選びました

その家族のお母さんが自分たちの生活や家族の様子を見て欲しいと
彼女のFacebookのページをパブリックにしてくれていたのですが
養子家族に選ばれたとたんにそこに息子を養子に迎える事そして
彼女が名付けた息子の名前を掲載したのです
(後で分かったのですがその時点では養子にする事は最終的に決まってないので
ソーシャルメディアに掲載した彼女の行為はルール違反でした)

そしてそれが私達家族のターニングポイントでした
その投稿を見て、ずっと自分の気持ちを私達に言わなかった娘が
「どうして私達で育てられないの!?」と大きな声で言ったのです
あれは本当に彼女の心からの叫びでした
そして私と主人の気持の代弁でもあったのです

養子に出したら名前さえ他人が決めてしまう
私達の気持ちが変わり始めました

そんな事があった頃私の周りで知り合いにダウン症の子を育てている家族がいるけど
会ってみる?と言われる事がありました

1人目は25歳のママが育てている3歳の女の子
大家族に囲まれて愛情いっぱいに育っているとても可愛い子でした
そのママは若かったので出生前検査はしないで産まれてからダウン症と診断されたそうです
彼女は産まれた時から筋肉が強く14ヶ月で歩き始め
何処にでもいる3歳の女の子に見えました
「息子さんが産まれたらプレイデートさせましょうね」と言ってくれたママの言葉が
とても嬉しく印象的でした

2人目は30代のママが育てる10歳の男の子
超音波で足が少しおかしいと言われたけれど検査はせず
産んでダウン症と分かったそうです
彼女は産まれた時の事から今の学校事情まで本当に詳しく情報をくれました
おばあちゃんがモンテッソーリの先生をしていたので
ベビーシッターをしながら色んな事を教えてくれたと言います
そのせいか、彼はとてもはっきりと10歳で言葉を喋っていました
その姿が私達に大きな希望をくれました

どちらのお母さんもとても強く優しく
お父さんは愛情いっぱいにお子さんに接していました

2家族に会った後私と主人は正直に心の内を話し合いました
そして実は2人とも随分前から育てたいと思っていた事が分かったのです

私達は自分たちで育てよう
家族を離ればなれにしない選択をしたのです


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結局養子に出す事はしなかった私達ですが
「養子」と言う選択肢があったからこそ中絶をしない選択を出来たのかなと思います
あの頃本当に不安と孤独で押しつぶされそうだった頃
養子の選択がある事で産む決心がついた
そう言う意味で養子斡旋団体と私達の息子を養子にしたいと言ってくれた家族には
心から感謝しています
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by up-upnutella | 2015-04-18 18:20 | 選択 | Comments(4)

第1の選択

血液検査の結果でトリソミー21と診断されてから産婦人科の主治医からは
全く連絡がありませんでした
その時点で彼女に出来る事は何もなかったのですが
その事で私達は彼女に見放された気持ちがしたものです

ある程度の高齢になると産婦人科とは別のオフィスで平行して
超音波を定期的にするように勧められます
そのオフィスの中で遺伝子カウンセラーに会う事や
そして中絶の処置もできるシステムになっています

23週になって息子のディテール超音波をしてもらいに行きました
心臓は以前の検査で問題がないと分かっていました
その時に担当だった医師がとても感じの悪い人で
「君たちは中絶がもうすぐできなくなるって知ってるのか?
そう言う選択は2週間前にさっさとしておくべきだ」と言われたのです
私はその言葉に傷つきすごく怒りを覚えよっぽど彼に言い返そうと思いましたが
言葉がでて来ませんでした
その代わり「こんなヤツに息子を殺されてたまるものか!」と思ったのです
帰りの車の中で悔しくて涙がポロポロこぼれました
そして私は主人に「私この子を産みたい、養子に出すか自分たちで育てるかまだ結論は出せないけど
産む」そう宣言しました
そして彼も「それが良いと思う」と言ってくれたのです

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by up-upnutella | 2015-04-15 16:00 | 選択 | Comments(0)

アメリカ在住。妊娠13週でお腹の子がダウン症と診断された私の苦悩と希望に満ちた道のり


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