カテゴリ:出会った家族( 4 )

ブログでの出会い

羊水検査の結果が出てダウン症と確定されたばかりの時
とにかくネットでダウン症に関する色んな情報を調べました
そしてダウン症の子供を育てているママのブログも読みました
その中で私と同じ妊娠中に赤ちゃんがダウン症と診断されたママのブログに出会ったのです

お腹の中の子はダウン症

もうブログの更新はされていませんが
彼女が辿った道のりそしてその時の気持ちや周りの反応など
詳しく書かれています


彼女は今はメンバー限定で

ボツ母のブログ

と言うブログを書かれていらっしゃいます
こちらでは可愛いボツ君の成長する様子を
見る事ができます

ボツ君のママは日本では珍しいとされる
お腹の子がダウン症と分かっていて産んだ女性として
テレビに出演されたり公演をされたり
新聞に取り上げられたりしています

私はまだ自分の選択も決まっていない時に
ボツ君のママにメッセージを送りました
とても丁寧なお返事が帰って来て
そこから彼女との交流が始まりました
新しいブログもメンバーになって読み始めました

中絶を選ばず産む事にした時はとても喜んでくれて
私達はFacebookでも友達になりました

養子に出すか自分たちで育てるかと悩んでいるとき
彼女が出産前に読んだと言う本を沢山日本から送って下さいました
彼女はいつも「ダウン症の子供を育てるって本当に普通の毎日なんですよ」って
おっしゃっていました

今になると本当にその言葉の意味がよ〜く分かります
でもその時の私には想像できなくて
ダウン症の子と普通の生活?って思っていました
でも本当にその通りでした

「私達は同志」と彼女は言ってくれます
同じ経験をした仲間
子供達も同じ星から来た仲間(笑)

強くて優しくて人の痛みや喜びが分かる
素晴らしい女性
そんな彼女と出会えたのも家の息子のお陰
ボツ君のお陰

いつかボツ君の家族と私達の家族で会って
家の娘が息子とボツ君の面倒を見てくれてる横で
夫婦4人でお酒を飲みたい
そして色んな話しをしたい
それが私の夢です


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by up-upnutella | 2015-04-29 01:19 | 出会った家族 | Comments(2)

養子に出す選択

3人目の女性は産んだけれど養子に出した女性
彼女は少し遠くに住んでいるので電話でお話しを聞きました

40代で初めてできた子供がダウン症と診断された彼女は
おじさんがダウン症で子供の頃から見て来ているので育てるのは絶対に無理と思い
宗教上中絶はできないので養子に出す事を選択したそうです
旦那様は最後まで養子に出したくないと言ったけれど
彼女の意思は固く養子家族を紹介してくれる団体から数家族紹介してもらい
その中から家族を選んだそうです

養子に出す事を想像したとき、考えるのは自分の子供を他人に渡して
がらんとした家に帰るのってどんな気持ちなんだろうと言う事
産んで赤ちゃんを渡す時の気持ちはどうだったのか
辛いはずだけどそれをどう乗り越えたのかと聞くと
彼女は暫く言葉を失い電話口で泣き始めました
9ヶ月お腹にいて痛い思いをして産んだ子供を
他人に連れて行かれるんだもの辛くない訳がありません

どんな問題を抱えていても自分の子供なのです

養子家族は彼女が分娩室にいる間部屋の外で待っていて
産まれて綺麗にしてもらった後赤ちゃんを手渡したそうです
赤ちゃんを抱いてとても嬉しそうに幸せそうな養子家族のご夫婦を見たら
何だか安心して手放す気持ちにもなれたと言う彼女
その赤ちゃんは今や大きく成長して牧場を経営する家族の一員として
幸せに暮らしているそうです

その後子供に恵まれ幸せに暮らしているけれど
彼の事は思い出すし心配していると言う彼女
やっぱり養子に出すのも辛い選択なのだと思ったのでした

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お話を伺うときお母さんが泣き出すと私も同じ様に泣いてしまい
その後は本当に心も体も疲れました
右を見ても左を見てもどの方向を見ても辛くて
安らぎはなく、本当にあの頃に一生分の涙を流しました
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by up-upnutella | 2015-04-15 02:02 | 出会った家族 | Comments(0)

産んで育てる選択

2人目に会ったのは、ダウン症と告知されながら産んで育てる選択をした女性でした

彼女は50代でダウン症の娘さんは17歳の高校生
お宅にお邪魔すると人懐っこい女の子が私達を迎えてくれる
お母さんと2人で暮らしていてその日は離婚したお父さんもわざわざ同席してくれる
「この子が離婚の原因じゃないのよ」と笑うお2人

彼女は妊活をしていたものの数回の流産を経験した後に妊娠
37歳で授かった子が羊水検査でダウン症と診断される
「産むって決めた理由は何ですか?」の問いに
「私達も貴女達みたいに産んで育ててる家族に会いに行ったの
小さな赤ちゃんを育ててるお母さんに会ったんだけどその様子を見て
これなら私にも出来るわって思ったのよ」
同じ質問をお父さんに聞くと
「僕の答えはとっても簡単さ、家族が欲しかったんだ」

私達が話している間も部屋に入って来てお父さんに宿題の分からない所を聞いたり
客の私達がとても気になっている様子
「学校ではとても人気者なの
皆が彼女の事を好きでいてくれるのよ」

好きなボーイフレンドもいて
高校を卒業したら医療関係の仕事につきたいのだそう
我が家の高校生よりもよっぽど将来の計画ができてしっかりしてる(苦笑)
ミュージカルが好きでナショナルツアーが来ると観に行くのが楽しみ
ディズニーランドが大好き

主人が娘の写真を見せると娘さんは満面の笑みで自分の事の様に喜んで
「まあ〜〜何て可愛いの!!」
その反応にこちらまで幸せな気持ちになる
ダウン症の子供は周りの人を幸せな気持ちにするって聞くけれど
本当にそうなんだな〜って実感

産む選択をしたお母さんは太陽の様に明るく大らかでとても幸せそうに見えました


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by up-upnutella | 2015-04-14 15:12 | 出会った家族 | Comments(4)

産まない選択

私達が会った1人目の女性は子供を産むのを諦めた人でした

彼女は数ヶ月後に出産を控え大きなお腹をしていました
上には2歳と4歳の男の子がいてお腹の子も男の子
彼女が産めなかった子供は女の子でした
ただ、彼女の場合赤ちゃんはダウン症ではなく確実に車いす生活になる障害を持っていたと言います
1番上の子がまだ1歳で障害者の子供と小さな子どもを育てるのが無理と思った
住んでいる家が小さくて車いすがアクセスできない
自分たちの生活のクオリティー、産まれて来る子の人生のクオリティー
彼女に残された考える時間は24時間
そんな短い間に決断をするのがどんなに大変だったか想像しなくても分かります
中絶の日の事を話し始めると彼女はポロポロと涙を流して何度も話せなくなり
私も一緒に泣きました
理由が何であれ、中絶をしたら女性の心に一生癒えない傷が残るのです
彼女が中絶した事を聞いた隣人と友人が彼女をとても責めて口を聞いてくれなくなり
それはとても悲しい事だったと言いました
「でも人の事は気にしなくていい
もし中絶や養子に出す事を選んだら「流産したの」と言えば良い
嘘を言えば良いのよ
皆が皆本当の事を知らなくていいんだから」

私は自分の赤ちゃんがダウン症と分かったとき色んな人の気持ちを心配しました
あの人が聞いたらどう思うか
仕事場で何て言えばいいのか
「皆が本当の事を知らなくていい」と言うのはその時の私の心をとても楽にしてくれたのです

最後に彼女は私に「貴女はダウン症の子供を育てられると思う?」と聞きました
それは情報のない私にはまったく想像のできない事でした
彼女はスペシャルニーズの子供達を相手の仕事をしていた事があって
「本当に大変よ。独立すると言っても共同生活になるし車も運転できないから送り迎えもしてもらわなくてはいけないし」とダウン症にネガティブな印象を持っている様に見えました
そしてその時点で私と主人には自分たちにダウン症の子供を育てられるのかと聞かれても
全く返事ができなかったのです

私達はハグをして別れました
「こんな気持ちを経験したのが私だけじゃないと分かって良かった
貴女と話す事で私の傷を癒やすプロセスにもなったありがとう」
彼女はそう言ってくれました

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中絶は人殺しと思う人がアメリカにはたくさんいます
でも私は中絶は女性の持つ権利だと思っています
だから彼女の選択も私には責める事はできません
悩んで苦しんで人生の選択をして
そしてこれからも死ぬまで悲しむであろう彼女を誰が責められるでしょうか?
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by up-upnutella | 2015-04-14 07:13 | 出会った家族 | Comments(0)

アメリカ在住。妊娠13週でお腹の子がダウン症と診断された私の苦悩と希望に満ちた道のり


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